2025.10.30 放電技術と空気浄化の豆知識
目次
工場の製造プロセスやトンネル内で発生する、目に見えない微細なホコリや煙(粉塵)。
これらは製品品質や人々の健康、そして環境に大きな影響を与えます。
この問題の解決に重要な機能が「電気集塵」です。
電気集塵は、その名の通り「静電気」の力を利用して、空気中を漂う粒子を磁石のように引き寄せて捕集する技術です。
しかし、そもそも電気を帯びていないただのホコリが、なぜ静電気の力で引き寄せられるのでしょうか?
その魔法のような現象を可能にする「最初のきっかけ」であり、電気集塵プロセス全体の「エンジン」となるのが、今回のテーマである「コロナ放電」という目に見えない現象なのです。
このコラムでは、なぜ電気集塵にコロナ放電が必要なのか、その役割と仕組みを解説していきます。
結論からお伝えします。空気中を漂うホコリや煙は、通常の状態では電気的に「中性」です。
つまり、プラスでもマイナスでもないため、電場(静電気が働く空間)をかけても、磁石に反応しない砂鉄のように、そのまま素通りしてしまいます。
電気集塵とは、この電気的に中性な粒子に、強制的にマイナスの電気を「着せる」ことから始まります。
その「電気の服」の役割を果たすのが「イオン」です。
そして、そのイオンを空気中から無限に作り出すための、手段が「コロナ放電」なのです。
コロナ放電がなければ、粒子を帯電させることができず、電気集塵のプロセスは成り立ちません。
コロナ放電が、どのようにして電気集塵のプロセスを動かしているのか、4つのステップで見ていきましょう。
「磁石と砂鉄」の例えで考えると分かりやすくなります。
<例>
ステップ1:【準備】捕集できない「ただの砂鉄」
空気中のホコリは、電気的に中性な「ただの砂鉄」と同じです。このままでは、強力な磁石(集塵極)を近づけても引き寄せられません。
ステップ2:【エンジン始動】コロナ放電
ここで「放電極」に高い電圧をかけ、コロナ放電を発生させます。
すると、放電極の周りで空気分子が分解され、大量のイオンが生成されます。
これは、砂鉄を磁石にくっつくように変える「光線」を照射するようなものです。
ステップ3:【帯電】「磁化した砂鉄」に変わる
コロナ放電によって生まれた大量のイオンが、漂っているホコリに次々と付着します。
これにより、ホコリはマイナスの電気を帯びた状態、つまり「磁化した砂鉄」のようなものに変わります。
ステップ4:【捕集】磁石に吸い寄せられる
マイナスに帯電したホコリ(磁化した砂鉄)は、プラスの電気を帯びた「集塵極」という名の強力な磁石に引き寄せられ、次々と捕集されます。こうして、空気中から有害な粒子が取り除かれていくのです。
※現象の一例です。
電気集塵の効率を極限まで高めるには、どのような「コロナ放電」が理想なのでしょうか。
条件1:安定した放電であること
放電が不安定で、火花(スパーク)やアーク放電になってしまうと、ショートの原因になったり、装置を損傷させたりします。
安定して持続する「コロナ放電」状態を保つことが大前提です。
条件2:電極が「細く」「鋭い」こと
物理の法則上、電気は細く尖った先端に集中する性質(電界集中)があります。
雷が避雷針に落ちやすいのと同じ原理です。放電極の先端を細く鋭くすることで、より低い電圧(省エネ)で、より強力なコロナ放電を発生させることができ、集塵効率が向上します。
条件3:放電点が「多い」こと
放電する点が多ければ多いほど、より広範囲に、より多くのイオンを生成できます。
これにより、無数の粒子をムラなく、かつスピーディーに帯電させることが可能になります.
理想的なコロナ放電を生み出すため、その源となる「放電極」には様々な形状が工夫されてきました。
装置の規模や用途によって最適なものが選ばれますが、いずれも「細く、鋭く、多く」という原則に基づいています。
線状(ワイヤー)電極
細い金属線を張った、最もシンプルな構造の電極です。構造が簡単で、広い面積をカバーするのに適しているといわれています。
針状・ノコギリ刃状電極
鋭い針やノコギリの刃のような形状の電極です。
無数の鋭い先端を持つため、電界が集中しやすく、効率的にコロナ放電を発生させることができるといわれています。
これ以外にも、星形やワイヤーに突起をつけたものなど、
各メーカーが効率と耐久性を両立させるために、様々な形状の電極を開発しています。
電気集塵機の性能は、こうした目立たない部品の設計思想に大きく支えられているのです。
コロナ放電以外の放電(アーク放電やグロー放電など)が電気集塵や空気清浄の用途に向いていない理由は、
「安定性」と「制御性」に欠けるからといわれています。
イオンを生成するという目的は同じでも、その発生方法が激しすぎたり、特殊な環境が必要だったりするため、実用にならないことが多くあります。
そもそも、イオン生成の目的とは?
まず、なぜ放電が必要なのかを再確認しましょう。
その目的は、「空気中の分子をイオン化し、そのイオンを安定的に、かつ連続して大量に供給し続けること」です。
この目的を念頭に、他の放電方式がなぜ不向きなのかを見ていきましょう。

それぞれの放電が不向きな理由
アーク放電
溶接の火花や、自然現象の「雷」をイメージしてください。アーク放電は、非常に高温・高エネルギーの放電です。
不向きな理由①:高温で破壊的すぎる
アーク放電は数千℃という極めて高い温度に達します。
もし集塵装置内でアーク放電が発生すれば、イオンを生成するどころか、電極そのものを溶かしてしまい、装置を破壊します。
また、可燃性の粉塵を扱う現場では、火災や爆発の直接的な原因となり、あってはならない現象です。
不向きな理由②:不安定で制御できない
アーク放電は、絶縁破壊が起きた一点に、短時間で大きな電流が流れる現象です。
コロナ放電のように、広範囲に安定してイオンを供給し続けることができません。
グロー放電
ネオンサインや蛍光灯の内部で光っているのがグロー放電です。
穏やかで安定しているように見えますが、大きな制約があります。
不向きな理由:低圧環境(真空に近い状態)が必要
グロー放電は、圧力が非常に低い気体の中でないと発生しません。
私たちが普段生活している通常の大気圧下で起こすことはできず、真空ポンプなどで減圧した特殊な容器が必要になります。
工場の排ガスや室内の空気を処理するために、真空状態を作るのは現実的では無いと考えられます。
火花放電
セーターを脱ぐときに「バチッ」と鳴る静電気の火花がこれにあたります。アーク放電の瞬間的なものです。
不向きな理由:断続的で、供給量が不安定
火花放電は「バチッ、バチッ」と不規則に発生する断続的な現象です。
連続的にイオンを安定供給する必要があるイオン生成の用途には全く向きません。また、一回あたりのイオン生成量も少なく、非効率です。
だから「コロナ放電」が最適解と考えられる
これらの問題点をすべてクリアするのがコロナ放電です。
コロナ放電は、電極の先端のような鋭い部分だけで起こる、穏やかで安定した放電です。
アーク放電のように高温にならず、グロー放電のように特殊な減圧環境も必要ありません。
電圧などを適切にコントロールすることで、アーク放電に移行させず、安定したコロナ放電の状態を維持し、
大気圧の空気中で、連続的にイオンを大量に生成し続けることができます。
このように、それぞれの放電には得意な分野があり、「大気圧下で、安全に、連続してイオンを大量に作る」という目的においては、
コロナ放電が適しているといわれる理由です。
弊社ケンエーが製造する『放電ブラシ電極』は、数ミクロン単位の炭素繊維を数千本というレベルで高密度に束ねた電極です。
この構造により、それぞれ独立した放電点として機能します。
電気集塵機の性能は、「放電極」の性能に大きく左右されます。
ご興味がございましたら、ぜひ当社の製品ページもご覧ください。
今回は、電気集塵にコロナ放電がなぜ必要なのか、その理由と仕組みを解説しました。
コロナ放電は、電気的に中性な粉塵を帯電させるための「イオン」を生成するエンジンである。
【放電 → 帯電 → 捕集】というプロセスで、空気中の微粒子を除去する。
コロナ放電は、粒子を帯電させ、集塵極へ運ぶ流れを作り出す、プロセス全体の駆動力。
効率の良い放電の条件は「安定」「細く鋭い」「多い」こと。
集塵効率は、用途に合わせて最適化された「放電極」の形状によって大きく左右される。
一見複雑に見える電気集塵技術も、その中心で働く「コロナ放電」の役割を理解することで、より深くその仕組みが見えてきます。この知識が、皆様の技術理解の一助となれば幸いです。
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